花と逸話~シーボルトとあじさい

今から遡ればかなり前のことですが、花屋の店先で『墨田の花火』という、花びら(萼)が真っ白なガクアジサイを初めて見たとき、こんな珍しい形のアジサイがあるのかと、とても驚きました。
それまで、球状のアジサイしか見た記憶がなかったからです。それも、土が酸性なら青、アルカリ性ならピンクの花が咲くという程度のことしか、知らなかったのです。

小学校の修学旅行で長崎に行ったとき聞いたのだと思いますが、鎖国時代の日本にやってきたシーボルトが長崎・出島に住み、近代医学を広めた医師だということ、お滝さんという女性と恋に落ち、帰国のさい持ち帰ったアジサイに『おたくさ』と名付けた、という子ども向けのお話は、ずっと記憶に残りました。
そして、そのアジサイとは、見の回りにいくらもあった球状のアジサイのことだと思い込んだのでした。

『墨田の花火』に出会ってから、ガクアジサイこそが日本原産で、シーボルトが持ち帰ったものに他ならず、西洋に渡ってから、華やかなものが好きな婦人たちによって毬状に改良されたこと、それが日本に逆輸入されて広まったのだということを知りました。
アジサイは品種改良がたやすいそうで、色、形、実にさまざまだそうです。

5号棟の方がお庭で育てておられるものは花弁(萼)が青でした。↑

 

気を付けて見ると、アジサイの名所として有名なところには、ガクアジサイがわずかながら混じっているようです。
身近には、6-Aエントランス脇にも、ガクアジサイが咲いています。

私自身は、球形のアジサイより、ガクアジサイの楚々とした雰囲気が好きです。

 

この記事を書くにあたって、シーボルトのこと、お滝さんのこと、二人の娘で日本初の女医となった楠本イネさんのことなどを調べ、驚きの連続でした。

シーボルトは実はドイツの貴族階級の出身。当時の日本はオランダ人の入国しか認めていなかったので、発音を疑われた時、ありもしないオランダ高地の出身との嘘で逃れたこと、国禁の日本地図を持ち出そうとして国外追放を受けたこと、30年後に再来日したこと、日本から持ち帰った数々の品を展示する日本博物館を建てたこと、お滝さんや長女楠本イネ、その子高子の運命などなど。
書くと長くなって、アジサイから離れていきますので、別の機会に譲ります。

長崎には、「おたくさ」という菓子があります。アジサイの花弁(萼)をかたどった、小ぶりのパイです。昔は4枚の花弁を折っただけの単純な形だったように思うのですが。
ネットで買えますので、お気が向いたら味わってみてください。
(C.R)

 

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